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東京地方裁判所 平成5年(行ウ)102号 判決

原告

株式会社東洋シート

右代表者代表取締役

伊藤豊

右訴訟代理人弁護士

中町誠

被告

中央労働委員会

右代表者会長

萩澤清彦

右指定代理人

北川俊夫

鈴木重信

平澤守

小林昇

江木眞

被告補助参加人

全国金属機械労働組合広島地方本部東洋シート支部

右代表者執行委員長

一色邦男

右訴訟代理人弁護士

鴨田哲郎

山田延廣

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が中労委平成三年(不再)第八号事件につき平成五年三月一七日付けでなした命令を取消す。

第二事案の概要

本件は、組合事務所貸与をめぐっての組合間差別不当労働行為事件である。

原告には、かって原告の従業員によって組織された労働組合として全国単一組織の下部組織体としての支部が存在し、原告も同労組を労働組合として遇し、同労組との間での団体交渉等の対応関係をしてきたところ、この所属組合員の大多数が上部組織の運動方針をめぐっての不満等から集団脱退して別名の組合を組織して独自の組合活動を展開するようになって今日に至っている。

他方、右の脱退に反対した一部少数の組合員は右支部に残留して自らが支部の正当な継承者であると主張して独自の組合活動を展開しており、この組合が被告補助参加人(以下「補助参加人」という。なお、右集団脱退による別名の組合が組織されるまでの支部を便宜上「支部」と称し、それ以後の支部を「補助参加人」と称することとする。)である。

ところが、原告は、原告には原告の従業員によって組織された労働組合としての補助参加人は存在しないとしてこれを無視し、右集団脱退した従業員によって組織されている組合こそが原告における唯一の組合であるとして対応している。

そして、原告は支部に対し、従前から広島工場内に原告所有の建物を組合事務所として無償貸与してきたが、右集団脱退によって組織された組合が結成された以降は、この組合に組合事務所を貸与する一方、補助参加人に対しては、組合事務所を貸与しないばかりか、これに関しての団体交渉をも拒否している。

そこで、補助参加人は地方労働委員会に救済命令の申立てをしたところ、同委員会は、この申立てを認め、原告に組合事務所の無償貸与等を命じる救済命令を発したので、これを不服とした原告は被告に再審査の申立てをした。しかし、被告も右命令を一部変更して右申立てを棄却したので、この取消しを求めたのが本件である。

一  争いのない事実(但し、一部認定事実を含む。)

1  当事者関係等

(一) 原告は、肩書地に本店を置き、送達先に広島工場を、兵庫県伊丹市に伊丹工場を各有し、自動車用のシート等の製造販売業を営んでおり、従業員数は昭和六二年当時は約四〇〇名であった。

(二) 補助参加人は、後記認定のとおり、原告の従業員によって組織された労働組合であって、組合員数は、昭和五四年五月当時は一四名、その後七六名に増加したが、別名の組合の組合員数と比較して極めて少数である。そして、全国金属機械労働組合(但し、平成元年の組織合併に伴う名称変更前は「日本労働組合総評議会全国金属労働組合」と称していた。以下「全金」という。)の下部組織である全金兵庫地方本部(以下「全金兵庫地本」という。)の統制の下に活動していたが、その後は同じ全金の組織である全金広島地方本部(以下「全金広島地本」という。)の統制に移行して活動している。

(三) 原告には、後記認定のとおり、補助参加人とは別に原告の従業員によって組織された労働組合として東洋シート労働組合(以下「東洋シート労組」という。)が存在し、これが前述した支部から集団脱退によって組織された別名の組合であり、そして、同労組結成以後原告の従業員のうちで補助参加人所属組合員を除いた圧倒的多数の者が同労組組合員となっている。

2  原告の補助参加人及び東洋シート労組に対する対応関係

原告には、原告の従業員によって組織された労働組合として、右のように補助参加人と東洋シート労組とが存在し、両者がそれぞれ支部との間に同一性があると主張しており、このような状況下にあって原告は、東洋シート労組こそが支部との間に同一性があるとして同労組とのみ対応し、補助参加人の存在を無視している。

3  組合事務所の貸与の経緯

(一) 原告は支部に対し、昭和四三年、広島工場内に所有する建物を組合事務所として無償で貸与し、以後、工場施設のレイアウトの変更による二度にわたる場所的移動があったものの、昭和五四年四月二〇日まで組合事務所(以下「本件旧組合事務所」という。)の貸与をしてきた。

(二) ところが、原告は、昭和五四年四月二七日、前記集団脱退者によって組織された労働組合(但し、この組合が同年五月九日から東洋シート労組と称するに至ったことは後記認定のとおりである。)との間で、本件旧組合事務所の無償貸与に係る事務所の使用契約関係を明確にするためとの理由で、事務所使用契約確認書を取り交した。この使用契約確認書の前文には、「東洋シート労組は、その組合活動の便益に供するため、原告から最小限の組合事務所の供与を受け、昭和四六年五月一日より原告所有の建物を組合事務所として使用してきたが、東洋シート労組と原告間の本件(旧組合)事務所の使用契約関係を明確にするため、本日確認書を作成する。」と記載されている。

(三) このようなことから、補助参加人は、昭和五四年六月、東洋シート労組を被告として本件旧組合事務所の明渡及び備品等の引渡を求めて、広島地方裁判所に訴えを提起し、原告は、補助参加人としてこれに訴訟参加した。

広島地方裁判所は、昭和五八年八月一九日、右訴訟事件につき、「昭和五四年四月二〇日の広島分会臨時組合大会は、大会自体の不成立や決議の不存在を云々するのは当たらず、また、決議の効力を失わせるほどの瑕疵にも当たらず、東洋シート労組は、支部と同一性を有する。」として、補助参加人の請求を棄却し、これを不服とした補助参加人は、広島高等裁判所に控訴し、原告は、被控訴人補助参加人としてこれに訴訟参加した。

ところが、原告は、右訴訟継続中の昭和六〇年一二月ころ、技術本館建設(昭和六〇年末に着工、昭和六一年九月ころ完成予定)の必要性があるとして、本件旧組合事務所を東洋シート労組から返還させ、これを解体し、これに代えて、東洋シート労組に対し、旧製品倉庫の二階を新たな組合事務所(以下「本件新組合事務所」という。)として無償で貸与した。

このようなことから、補助参加人は原告に対し、昭和六一年二月三日、本件旧組合事務所解体について強く抗議したうえ団体交渉を要求したが、原告は、補助参加人には本件旧組合事務所を貸与しておらず、議題は交渉事項になり得ないとして、右団体交渉を拒否した。

(四) 補助参加人は、昭和六一年一〇月三〇日、右控訴事件につき広島高等裁判所の勧告に応じ、損害賠償請求権の行使を留保した上で、本件旧組合事務所明渡請求部分のみについての訴えを取り下げた。

補助参加人が右訴えを取り下げたのは訴訟対象となっている本件旧組合事務所が解体されたので、これ以上訴訟を継続しても無意味となったことなどによる(〈証拠略〉)。

(五) 原告は、昭和六〇年から同六二年にかけて生産量が増加したため、生産部門の施設を増設する必要があり、同年五月一六日付けで東洋シート労組に対し、無償貸与中の本件新組合事務所の返還を求めた。

これに対し、東洋シート労組は、昭和六三年一月、本件新組合事務所を返還し、原告は、同年六月末、本件新組合事務所の跡地に一億数千万円の費用を投じて技術本館のトラックターミナルを完成させたが、その後、同工場の生産台数の増加に伴い、倉庫面積が著しく不足したため、同トラックターミナル部分をストックヤードに変更し、トラックターミナルは隣接する旧技術本館一階部分に移転した。

なお、原告は、本件新組合事務所の返還後はいずれの組合にも組合事務所を貸与していない。

(六) 他方、広島高等裁判所は、昭和六三年六月二八日、前記控訴事件について、原判決を取り消し、「昭和五四年四月二〇日の広島分会臨時組合大会における招集手続は、緊急やむを得ない場合に当たらず、裁量権の範囲を超えた違法なものである。従って、全金脱退決議は無効であり、補助参加人が支部を承継し、これと同一性を有するものであり、東洋シート労組は、補助参加人に備品等を引き渡す義務を負う。」として、補助参加人の請求を認容する判決を言い渡した。

東洋シート労組は、右判決を不服として、最高裁判所に上告したが、最高裁判所は、平成三年四月二三日、右上告を棄却した。

4  本件命令の存在

補助参加人は広島地方労働委員会に対し、昭和六二年一〇月一四日、原告が東洋シート労組に対し無償で事務所を貸与しているのに、補助参加人に対しては事務所貸与の申入れに応じないばかりか団体交渉にも応じないことが不当労働行為であるとして、原告を被申立人として救済命令の申立てをした(広島地労委昭和六二年(不)第五号事件)。同委員会は、平成三年一月一六日、右申立てにつき組合事務所の無償貸与等を命じる救済命令を発したが、原告は、これを不服として被告に再審査の申立て(中労委平成三年(不再)第八号事件)をした。

しかし、被告は、平成五年三月一七日、右再審査申立事件につき別紙(略)のとおりの命令(以下「本件命令」という。)を発し、該命令書の写しは、同年四月二日、原告に交付された。

二  争点

原告が補助参加人に対して組合事務所を貸与しなかったこと、これに関する団体交渉を拒否したことが不当労働行為に当たるか否かにある。この根底には原告が補助参加人の存在、すなわち、補助参加人と東洋シート労組との併存を認めるか否かの問題がある。

(原告の主張)

1 支部の継承者問題について

本件命令は、原告が昭和五四年五月当時、東洋シート労組を支部の継承者と取り扱ったことを非難しているが、これは失当である。

原告は、昭和五四年四月二三日、支部から執行委員長名で支部が全金から脱退した旨の申入書を受け取った。そこで、原告としては、右脱退の効力について明白に違法であることが明らかでなかったので、一応有効なものと取り扱わざるを得なかった。

ところが、全金からの脱退に反対する一部の者が存在したようで、その反対者である一色らのグループは自らこそが従来の支部の正当な継承者であると主張し、東洋シート労組と組合財産、組合事務所の占有権原等をめぐって係争するという事態に発展するのである。

そして、一色らは原告に対し、両者の団体に対し中立であるべきであるとして団体交渉等の対応を求めてきた。この論は、換言すれば、使用者は組合の少数派に対しても、組合員の多数派に対すると同様の対応をしなければならないとの主張に帰着することになろう。しかし、この主張は、組合運営の根幹を否定する極めて不当な主張である。すなわち、一般に労働組合は、その組合が民主的であればあるほど、多数派と少数派、主流派と反主流派、賛成派と反対派とが常時形を変えて存在し、運動方針をめぐって互いに対立や論争を繰り広げているのが実情である。そして、右のような論争や対立の中からおのずから組合としての方針が多数決原理に則って決定されていくのである(組合民主主義の原理)。

本件においても、既に賛成派、反対派の討議等を経て、圧倒的多数の賛成をもって組合として全金脱退の決議がなされたのである。この決議が厳然として存在するにもかかわらず、原告が右決議の反対派、それもわずか当時一一名の立場をも尊重しなければならないというのはまさに組合運営の根幹とも言える組合民主主義と多数決原理そのものの否定を意味すると言っても過言ではない。使用者は、組合内部の対立の中から集約された「結果」のみを尊重すべきであり、集約のプロセスに徒に関与したり、プロセス中で生じた少数派の意見に耳を傾けるなどということは断じてしてはならないのである。

さらに、右立論は、従来の労働協約等の扱いや帰趨について考えても極めて不都合な結果を生ずる。

すなわち、多数派、少数派いずれの集団をも訴訟等で正当性の最終決着がつくまで、従来の組合と別の集団として扱うということは、従来の労働協約の効力の暫定的な停止を意味する。これは組合側にとっても、従来供与を受けていたチェック・オフ、組合事務所の提供、掲示板の利用等諸々の利益が少数派の存在のゆえに一時棚上げされてしまい組合内部の争いの上に更に新しい打撃を受けることになりかねない。これは到底支持される議論ではあるまい。また、こういうことが許されることとなれば、組合を嫌悪する使用者は、中立性を名目にしばしば組合内部の多数派、少数派の争いに藉口しかねないであろう。さりとて逆に使用者に両者に暫定的に二重の便宜を供与しなければならないとするのも、そもそも協約なくして何らの便宜供与義務を負わないはずの使用者に不当な負担を強いるものであり、かつ労組法七条で禁止する経費援助に抵触しかねず、到底通用する議論ではない。そうであれば、本件において原告がとった従来の執行委員長が代表者として正式に文書で通告した内容を一応有効なものとして扱った措置は、あらゆる面から考えて妥当かつ正当なもので何ら論難されるいわれはないのである。原告は、一色らの集団が主張するような決議方法の不備、決議内容の無効について独自に調査判断する義務も能力もないのであるから、従来の支部執行委員長が組合の代表者として正式に通告してきた内容を有効なものと信頼して行動することは正当極まる対応であり、当時ほかに正当な選択があったとは到底考えられない。

しかも、一色らの集団に対しても全くこれを無視することなく、新組合を結成したという趣旨であれば、結成通知さえ出せば団体交渉等の対処をするという極めて柔軟な態度に終始したのである。しかるに、一色らの対応は、自らに正当性があるのだから、原告も当然団体交渉に応じ、更に従来の協約を履行すべき義務があるとの一点張りであった。これでは中立性のジレンマに苦しみ、極めて慎重な態度を取ってきた原告としても到底応じ得るものではない。

以上のとおりであるから、一色らを含む補助参加人所属組合員らに対する原告の本件対応は十分に正当性があることは明らかであって、これらに非難を加える本件命令は労組法七条の解釈とその適用を誤ったものである。

2 昭和六〇年から同六一年二月にかけての原告の対応について

本件命令は、原告の補助参加人に対する昭和六〇年から同六一年二月の対応についても非難を加えている。

しかし、右の時点では広島地方裁判所が既に本件旧組合事務所の占有権原をめぐる裁判で東洋シート労組が支部と同一性を有するとの判決をしていた時期なのであるから、本件旧組合事務所の明渡解体等について、同判決に従って東洋シート労組とのみ交渉をした原告の行為を不当労働行為と目すべきでないことは当然である。

3 本件初審申立ての適法性について

原告の補助参加人に対する行為として問題とされるべきは、昭和五四年四月二七日に原告が東洋シート労組を本件旧組合事務所の支部の正当な継承者と扱ったこと及び昭和六一年二月三日に補助参加人の団体交渉の要求を拒否した行為の二つに限られるべきである。

ところが、本件初審申立てのなされた昭和六二年一〇月一四日の時点においては、右各行為から一年が徒過していた。したがって、本件初審申立ては、労組法二七条二項によって却下されるべきところ、本件命令は、これを全く看過する点において違法であり、取消しを免れない。

本件命令は、この点について、「本件救済申立」は、「同申立時において存する東洋シート労組との組合事務所貸与差別の是正を求める趣旨と解するのが相当」とする。しかし、この論法でいくと、解雇事件などについても、解雇された状態が継続している以上、解雇の意思表示の時点のいかんを問わず未来永劫にわたって申立てが可能ということにならざるを得ず、到底労組法二七条二項の正しい解釈とは言えない。

第三争点に対する判断

当裁判所は、本件命令には原告主張の違法な点はなく、適法であると判断する。

以下、右理由について述べる。

一  支部の継承者問題について

1  支部からの集団脱退と東洋シート労組組織化の経緯

証拠(〈証拠略〉)によると、次の事実を認めることができる。

(一) 支部は、昭和三八年一〇月に原告の従業員によって結成された労働組合であり、広島工場に広島分会を、伊丹工場に伊丹分会をそれぞれ組織し、そして、全金及びこの下部組織である全金兵庫地本の指導の下に活動してきた。

なお、右各分会には、それぞれ役員、執行委員がおり、各分会毎に組合大会が開催されていた。

(二) ところが、支部所属組合員のうちで、昭和五三年ころから支部執行部及び全金の指導方針に批判を抱く組合員が漸増し、このようなことから昭和五四年一月には広島分会において執行部役員、執行委員が総辞職し、改選されるという事態に発展したこともあった。そして、同年四月一八日から翌一九日にかけて主任、組長、班長ら四三名を含む七五名の従業員は(ママ)発起人となって、全金を脱退し新組合を設立することが最良の道であると確信する旨の記載された「趣意書」と題する書面を支部所属組合員らに配布して署名を求め、広島及び伊丹各工場の所属組合員約三四一名のうち約三三一名から右の署名を集め、そして、右発起人代表者は、広島分会執行委員長吉田定雄(以下「吉田広島分会長」という。)に対し、同月二〇日午前一〇時ころ、右署名簿を添え、全金を脱退することを議題とする広島分会臨時大会を招集することを請求した。これを受けた同分会長は、直ちに支部執行委員長山下稔(以下「山下支部長」という。)と連絡の上、広島分会執行委員会を開催し、同委員会は、同日午後零時一五分から昼食休憩時間を利用して右臨時大会を開催することを決定し、引続いて開催された代議員会においても同旨の決定がされた。

ところで、支部の組合規約一二条は、「大会を招集するには執行委員長は開催の一週間前までに議題その他必要な事項を組合員に告示すると共に、大会運営委員に通知しなければならない。但し、緊急やむを得ない場合はこの限りでない。」と定めているところ、吉田広島分会長は、右臨時大会開催は右但書にいう「緊急やむを得ない場合」に該当するものと判断して、その招集手続をとることとしたのであり、次いで、同日午後零時一五分から昼食休憩時間を利用し、広島工場構内の検査係前広場において、全金脱退の可否を議題とする臨時大会を開催する旨の招集をなし、その告示手続は、右代議員会において決議されたところに従い各代議員が各組合員に口頭で告知した。

このようにして同日午後零時二〇分ころから所属組合員約三一九名のうち約二二〇名が出席して右臨時大会(以下「本件大会」という。)が開催され、右議題について約一五分間質疑応答がなされ、このなかで一〇数名の組合員が職場討議にかけるべきであるなどの反対意見を述べたが、議長は質疑を打切り、まず拍手により採決をしたが賛成者の数が確定できなかったため、再度起立採決をなし、多数の者が起立したため、議長が全金脱退が可決された旨を宣し、本件大会は終了した。

(三) 他方、伊丹分会においても同月二一日、伊丹分会臨時組合大会が開催され、同分会所属組合員全員の賛成をもって、全金脱退決議がなされ、以上の経緯を踏まえ、同月二三日、支部執行委員会において、右各分会の脱退決議に基づき、全金脱退の決議がなされ、そこで、山下支部長は、同日、全金兵庫地本に対しては、同委員長名で全金を脱退する旨を通知するとともに、原告に対しては、同月二〇日と二一日の大会において全金を脱退することに決定した旨を全金兵庫地本執行委員長宛に申入れしたことを通知するとともに、今後支部は全金とは一切関係がないことを知らせる旨の申し入れをなした。そして、山下支部長は、同年五月八日と翌九日の二日間にわたり、広島工場において、右全金から脱退することに賛成した組合員約二三八名の出席をえたうえで臨時組合大会を開催し、所要の規約改正、名称を東洋シート労組に変更することなどを決議し、同労組は、以後全金の指導を離れた別個の組合活動を展開して今日に至っている。

(四) 他方、全金兵庫地本は原告に対し、同年四月二三日、文書で組合脱退問題を議題とする団体交渉の開催を申し入れたが、これに対し原告は、同月二四日、今般原告に対し東洋シート労組(旧支部)から全金を脱退した旨の通知があったので全金兵庫地本は当事者資格がないなどとしてこれを拒否し、また、同地本は、同年五月一日、山下支部長らかっての支部執行委員全員を全金本部規約に反し脱退活動を行ったことを理由に、統制処分として六か月間の権利停止処分に付し、同月四日、補助参加人執行委員長となっている一色邦男を支部執行委員長代行に指名するとともに、同人に対し直ちに臨時組合大会を開催して支部執行委員を選出し、組合機能の回復に努力するように指示した。そこで、一色邦男は、同月七日、全金脱退決議に反対した一一名の組合員の出席を得て広島分会臨時組合大会を開催し、同大会において執行委員長に一色邦男(以下「一色委員長」という。)を選出したほか、各役員、執行委員を選出し、そこで、全金兵庫地本は原告に対し、同日付けで、今後は一色らの新執行委員会が支部を代表する旨を通知した。

なお、支部は、新執行委員を選出し、全金兵庫地本に報告した時点では、所属組合員数は一四名であり、その後、オルグ活動等により組合員が復帰し、約七六名に回復したものの、平成二年八月当時には二六名となり、また、伊丹分会には組合員が存在しなくなったため、全金兵庫地本の統制下から全金広島地本の統制下に移行し、独自の組合活動を展開するようになって今日に至っており、このような経緯から、補助参加人は支部の正当な継承者であると主張している。

2  支部の正当な継承者について

支部の組合規約(〈証拠略〉、当裁判所平成七年六月八日判決言渡平成五年(行ウ)第二九号不当労働行為救済命令取消請求事件判決理由参照)は、「本部執行委員会規約」と「組合規約」とから成り立っており、そして、右組合規約によると、広島分会、伊丹分会を通じた組合大会、執行委員会、代議員会、執行委員長などの役員、執行委員、代議員についての定めがあり(六条、一三条、二二条)、組合大会が最高の決議機関であると定めている(七条)が、他方、本部執行委員会規約には本部の執行委員会が支部の最高の議決及び執行の機関であると定めており(六条)、両規定の関係についての定めはない。

広島及び伊丹各分会の議決及び執行機関等に関しての規約は存在しないが、慣例として右全体を通じた規約を各分会にも類推適用ないし準用すべきものとして運用されてきており、各分会長をその執行委員長と呼んでいた(右掲記の証拠参照)。

支部の執行委員会は、両分会の各執行委員長、副執行委員長、書記長及び広島分会執行委員四名で構成され、両分会の決議を基礎として議決し、これに基づき執行しており、更に全体を通じた大会を開催しないのが通例であった(右掲記の証拠参照)。

そこで、吉田広島分会長のした本件大会招集手続が前記支部の組合規約一二条但書にいう「緊急やむを得ない場合」に当たるとして一週間の告示期間を置かないでされた全金脱退決議の効力について検討する。

右支部の組合規約一二条本文の趣旨は、大会における議題等必要な事項を事前に組合員に告知するばかりでなく、これを周知徹底し、その議題等に関して十分に検討する機会を与える趣旨で定められたものと解すべきところ、支部が上部の所属団体から脱退するか否かという議題は、支部の運営に関する最も重要で基本的な問題であり、そのいずれに所属するかは組合員個人の身分、今後の経済闘争の結果等に多大な影響を及ぼすことが予測されるから、通常の場合以上に、組合員にその準備をする十分な時間的余裕を与え慎重に考慮するための期間を確保すべきであり、そのためには、規約に定めた一週間の告示期間を厳守し、手続の公正を確保することが支部の民主的運営の基本であるといわなければならない。このような議題の性質上、吉田広島分会長としては右規約同条本文の招集手続をとるべきであったのであり、簡易な方法である同条但書の緊急やむを得ない場合としてその招集手続をすべきではなかったい(ママ)える。まして、本件大会においては前記認定のとおり全金脱退に反対の者が存したのであるから、十分に考慮する期間を確保することが右規約の趣旨に沿うものである。そうであれば、本件大会の招集に際し緊急やむを得ない事情があるとは認められず、吉田広島分会長が同条但書に基づいてした本件大会の招集手続は同分会長の裁量権の範囲を超えるから、本件大会における全金脱退決議はその効力を有しないというべきである。

そうすると、前記認定のとおり、支部執行委員会において全金を脱退する旨の決議をし、その執行として山下支部長が全金兵庫地本に対して支部としての脱退届をなしているが、右執行部の決議は本件大会の全金脱退の決議に基づいてなされたから、本件大会の決議がその効力を有しないので、右本部の決議もまたその効力を有せず、その決議の執行として山下支部長が全金兵庫地本に対して支部の名においてした脱退届もその効力を生じないというべきである。

もっとも、前記認定の事実によると、全金脱退決議に賛成した者は個人の資格において集団的に全金を脱退する意思をも有していたと推認することができ、執行部、さらには全金兵庫地本に対する通知も右趣旨を含んでいたものと認めることができ、以上の事実に、(証拠略)及びの(ママ)全金規約(〈証拠略〉、右掲記の判決理由参照)六二条(「この組合に加入しようとする者は各自所定の申込書に加入金を添えて、中央執行委員長あて申込まなければならない。」)、六四条(「この組合から脱退しようとする者は、所定の脱退届にその理由を明記し、各所属機関を通じて中央執行委員長に申出て中央執行委員会の承認を得なければならない。」)、全金兵庫地本規約(〈証拠略〉、右掲記の判決理由参照)三三条(「兵庫県地方における金属機械産業の労働者が個人または工場、事業所もしくは地域単位に全金に加入しようとするときは、所定の申込書に必要事項を記載し、中央本部規約六二条に規定する加入金と組合費一か月分をそえ、この地方本部をへて、中央執行委員長あてに申込むものとする。」)、三四条(「組合員が、全金から脱退しようとするときは、所定の脱退届にその理由を明記し、所属支部から地方本部をへて中央執行委員長宛てに申し出でなければならない。」)の各規定は、団体脱退の可否はさておき、組合員が個人の資格でこれを脱退することができる趣旨と解されるので、このことから考えて、右全金脱退決議賛成者らはすべてそのころ個人として全金に所属する支部から脱退したものということができる。

したがって、東洋シート労組は、右脱退者らが脱退後に支部とは全く無関係な組合として新たに結成された労働組合であって、支部とは同一性がない。他方、昭和五四年五月八日ころの時点では前記一色ら一四名が支部に残留し、補助参加人を称するに至ったと見ることができるので、補助参加人が支部を維持し又は継承しこれと同一性を有するということができる。

二  不当労働行為の成否

前記争いのない事実及び認定事実によれば、山下支部長によって昭和五四年五月八日と九日に開催された臨時組合大会によって東洋シート労組が結成され、原告には同労組と支部を継承した補助参加人との二つの組合が存在するに至ったのに、原告は、支部に無償で貸与していた本件旧組合事務所を一方的に東洋シート労組に無償で貸与し、その後、昭和六〇年一二月ころにも東洋シート労組から本件旧組合事務所を返還させこれを解体したときも、その代替として新たに本件新組合事務所を同労組に無償で貸与し、その後、昭和六三年一月に同労組から本件新組合事務所を返還させるまで同労組には組合事務所を無償で貸与し続けながら、補助参加人には労働組合としての存在を認めず一貫して貸与しない取り扱いをしてきたというのである。

そうすると、原告は、補助参加人と東洋シート労組との二つの組合が併存することとなったのであるから、右二つの組合に対し差別的取り扱いをしてはならない立場に立ち至ったものということができるのに、右に述べたとおり東洋シート労組に対しては組合事務所を無償で貸与するという便宜供与を与えながら、補助参加人に対しては、支部に従前無償で貸与していた本件旧組合事務所を東洋シート労組に無償で貸与して組合事務所を貸与しないばかりか、労働組合としての存在を認めず、補助参加人の原告に対する本件旧組合事務所解体に関する団体交渉開催要求をも交渉事項とはなり得ないとして拒否していたのであるから、組合事務所に関しては補助参加人に不利益な取り扱いをしてきたということができる。

原告は、支部執行委員長名の全金脱退の申入れを受け取ったのであるから、東洋シート労組に対して対応していたのであり、補助参加人に対しても同様の対応をしなければならないとすることは組合運営の根幹を否定する極めて不当な見解である旨主張する。

しかし、原告の右主張は、組合内部に主流派(賛成派)と反主流派(反対派)とが存することを前提に論を進めているところ、本件にあっては支部の正当な継承者である補助参加人とこれとは別個の東洋シート労組とが併存している場合の原告の右両組合に対する対応の在り方を問題としているのであるから、前提を全く異にした論を展開しているに過ぎず、独自の見解によるものであって理由がない。

また、原告は、原告の補助参加人に対する昭和六〇年から同六一年二月までの対応は、広島地方裁判所の東洋シート労組が支部と同一性を有するとの判断に従ったのであるから、何ら非難を加えられるいわれはない旨主張する。

なるほど、広島地方裁判所が補助参加人の東洋シート労組に対する本件旧組合事務所明渡請求訴訟事件につき原告主張のとおりの判断を示したが、これは補助参加人と東洋シート労組との右訴訟事件に関しての判断で、原告には当時補助参加人という労働組合が存したか否かとは関わりのないことであり、本件で問題となっている原告の右両組合に対する対応の仕方とは別個の問題であるということができる。

従って、原告の右主張も理由がない。

最後に、原告は、本件初審申立ては労組法二七条二項によって却下されるべきであったのに、本件命令にはこれを看過した違法がある旨主張する。

しかし、本件救済申立ては、被告が認定・判断するとおり補助参加人の東洋シート労組との組合事務所貸与差別の是正を求める趣旨と解するのが相当であるから、原告の右主張も理由がない。

以上のとおりであるから、これら原告の行為を労働組合法七条三号に該当する不当労働行為であるとした初審命令を相当とした本件命令は結論において相当である。

(裁判長裁判官 林豊 裁判官 合田智子 裁判官 蓮井俊治)

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